〜真夜中の身体測定2〜

「何かしら?」
真紀は、A棟の廊下を中程まで踏み込んだ。
すると、数m先の暗闇に人ひとりの影が浮きあがったのだ。
身長は真紀より高く、服装はTシャツにGパンである。
身体つきからして男性である事に違いないが、薄明りの中では明確ではなかった。
すると、相手がひたりひたり…と歩みよってくるではないか。
「誰?」
大人でもありそうで、高校生のようでもある。
もっとも、高校生くらいにでもなれば大人の男性と体格上遜色ないのだが。
すると、銀色注ぐ月明かりに、男の覆面が照らされた。
「タイムリミットは10分だ!」
「え?」
真紀は相手の言葉の意味が飲み込めず、眉をしかめた。
するとまた廊下の奥から「ひゃぎゃあああぁぁぁ」と先ほどの悲鳴が聞こえた。
「神の名のもとに、我々は粛清を下さなければならない!この悲鳴の主は増江智樹だ!君のクラスの生徒だよ!」
そこまで言うと、相手は踵を返し、突如走り去ってゆく。
「待ちなさい!」
静寂を張った廊下を二人の足音が駆け抜ける。
(ああ…早い!運動神経のよくない私じゃ…どうにも!)
懸命の追走も、しかし相手の脚が速く、真紀には追いつけないのだ。
気が付けば、暗闇の向こうへと相手は消え、背中を見失ってゆく。
(ここで諦めちゃだめ。)
その間もぐんぐんと距離が開いている事だろう。
すると、突如キラリと輝く反射光が目に飛び込んできた。
(…なんだろ?)
それは釣り糸のようなポリエチレン素材であり、それが宙空へ幾重にも張り巡らされていた。
気づくのが遅かった。
(た、対処が…!?)
「きゃァッ!」
真紀は上体を反らすように身をよじり、包囲網ジから逃れんとした。
しかし、それを嘲笑うように、ビリビリビリ…ッ!とけたたましい裂帛音が響いたのだ。
「ええ?何これ!」
なんと糸には薔薇の茎のように堅固な針が備わり、絡まった真紀のブラウスは無残に破れてしまったのだ。
幸いにも肌に擦りキズ数か所を負うに留まったが、着衣は本来の機能を失ってしまった。
裂け目から覗く透白の肌は艶めかしく、胸元にはブラジャーが垣間見えていた。
今回は出勤目的で学校に赴いているわけではない。
ゆえ、脅迫の文言を飲むに至らないと思い、下着を着用してきたのであった。

(今回はブラ付きかよ…。)
小笠原はカメラのファインダー越しに真紀の床へと崩れた姿を捉えていた。
まるで一本のドキュメンタリー映画のようでも、アイドルのプロモーションビデオのようでもありながら、その実、至高の凌辱ムービーとなる序章に胸を躍らせていた。
彼女は床を這いながら、糸を慎重に払い、包囲をくぐろうともがいている。
「さあ、来い!」
ようやく糸を捌ききった女に男は呟いた。
「覚えてなさい!」
罠をほどき、冷静を取り戻した真紀はよたよたと、それでいて用心深く歩を進める。
小笠原はちょうどA棟からB棟へと折れ曲がる角地にいた。
A棟の廊下には片側に中庭を臨む窓があり、もう片方には1年生の教室が1組から10組まで並んでいるのだ。
(本城真紀…お前の期待を裏切らない馬鹿さ加減が滑稽でたまらない!退屈な学園生活に愉悦をもたらし感謝するよ。“先生”…。)
小笠原は女を迎え撃たんと、目の前の教室1年10組へと身を忍ばせた。
ドアの僅かな隙間から廊下を窺い、手にはカメラ以外に第二の罠が握られている。
そうとも知らぬ獲物は、ひたり…ひたり…と、健気に約束の場所へ向かうのだ。
(まさに狩人と獲物だな…。)
真紀の小笠原の前を過ってゆく。
「哀れな野兎。」
小笠原の拳に力が入った。
広大なサバンナで威を奮う百獣の王ライオンでさえ、人間の築く策略には及ばないと言う。
つまり勝敗を決す要素は戦略性である。
叡智こそが、神が人間に与え給うた“力”なのだ。
それを十二分に使いこなせない人間こそが愚かではないだろうか。
(この暗闇に等しい薄明りの中では無力だと知るがいい!貴様は野兎にすら劣る非力な小動物!)
男は狙い澄まし、ぐい!と手元の縄を引いたのだ。
その刹那、またもや廊下には女の悲鳴がつんざいた。
「きゃあああああ!な、何これ?」
真紀は粘着性の強いテープが身体中に絡まりもがいた。
影を落とした足元は死角となっており、突如浮上したマラソンのゴールにでも張ってありそうなテープが、女を襲ってきたのだった。


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