〜生徒指導1〜

朝、テレビは例の脅迫犯の続報を流していた。
犯人は下校途中の生徒をさらい、学校教育に対して脅迫めいた要求を突きつけてくるのだ。
『男子高校生の姿は17時頃、校門で目撃されたのを最後に行方が分からなくなっています。これまでの犯人の足取りは…。』
本城真紀(ほんじょうまき)は、ブレザーを着るとセミロングの黒髪を襟からさらりと抜き、テレビの電源を消すと家を出る。
私立H高等学校の教諭である彼女の毎日は忙しい。
とりわけ、今年から2年生の担任となった為、その責任は重大である。
高校2年生ともなれば、もはや大学受験を意識する時期でもあり、担任クラスの成績の推移が、まるで営業マンのノルマのように担任へ圧し掛かってくるのだ。
今日も始業前から、テストの採点が山のように待ち、授業になれば返却しなければならない。
家を出て玄関のカギをかけた後、真紀は忘れ物に気付いた。
「やだ、筆箱がないわ。赤ペンがなくちゃ困るじゃない!」
再び部屋に戻り筆箱を手にすると、急いで家を出た。

学校へ着くと時刻は7時前。
始業の8時半までには幾分余裕がある。
それでも校内には、部活の朝練のため、熱心な生徒が散見されていた。
「先生、おはようございます!」
真紀とすれ違う生徒たちが挨拶を交わしてゆくのだ。
仏頂面した他の教師たちとは、大きく隔たる煌めく笑顔。
そして端麗な容姿。
彼女はまるでアイドルか女優か、それらを掛け合わせたような魅力的な目鼻立ちをしていた。
「おはようございます!」
また、すれ違った生徒が元気に挨拶を寄こした。
「あ、おはよう!」
真紀は、笑うと、瞼の下にある豊かな膨らみが一層強調されるのだ。
その可愛らしくたおやかな風貌に、男子校である故、どの生徒も胸をときめかせている事だろう。
「おはようございます!」
職員室に入ると真紀は他の先生方に挨拶をし、自分の席へ向かった。

時節は6月の下旬である。
「明日からは、上着はいらないかも…。」
真紀は、スーツを脱ぐと、イスの背もたれにかけた。
次第に気温も上がり始め、早朝は幾分肌寒さを感じるが、日中はブラウスで過ごすくらいが快適な気候となっていた。
(そろそろか…。)
時計を見ると、始業の10分前。
真紀は準備にかかった。
生徒たちの名簿とボールペン、そして朝のホームルームで配る予定のプリントが必要なのだ。…が。
「あれ?」
しかし、真紀はプリントが無い事に気付いた。
確かに、昨日の帰り際、コピーを済ませておいたのだ。
「おかしいなぁ〜!」
引き出しを開け、そして机の下を覗くように身を屈めている真紀に、同僚の柳井先生が話かけてきた。
「本城先生、これでしょ?」
すると彼の手には、探していたプリントがあるではないか。
「あれ?どうして?」
柳井は苦笑した。
「昨日、用事があって私の所に来たでしょ…。その時、プリントを置き忘れていきましたよ。」
それを聞き、記憶が蘇った真紀は、ハッとなった。
「すいません。」
そう肩をすぼめながら、彼女はプリントを受け取った。
「もう担任なんですからしっかりしてもらわないと、生徒たちに笑われますよ…。」
そう言いながら、柳井は自分の席に戻っていった。


校内にチャイムが響き渡る。
それを同時に真紀は教室に入った。
教壇に立つと「はい!おはよう!」と、元気よく言うと、30人の男子の挨拶が真紀に返った。
男子校の中で数少ない女教師の存在は、砂漠に咲く花のように特別なのかもしれない。
普段騒がしい生徒たちも、真紀を前にすると、以外な程に素直に応じてくれる。
「それじゃ、出欠をとります!」
出席番号1番の生徒から順番に名前を読み上げていった。
遅刻なく出席した者は“○”、欠席の連絡があった物は“欠”、そして遅刻をした者は“ち”とマークするのだ。
すると、いつも“ち”の並ぶ生徒が3名いる事に気づく。
寄井、小笠原、北村。
(やだぁ…今日もだわ!)
真紀は出欠を終えると、一つ溜め息をついて「さて!」と言い、予定のプリントを配った。
前列の席がそれを受け取ると、後ろへ回していく。
その間も、真紀は例の3人を気にしていた。
(こんな状況になったのも、私の指導力不足かしら?)
そんな事を考えていると複数の生徒が手を挙げた。
「何?」
「あの…プリントが足りません!」
「ええ?」
真紀は面食らった。
「ごめん!急いで持ってくるから、待ってて!」
プリントする時、数を間違えたかもしれない。
以前にも同じような事があったから、質が悪く、我ながら情けなくなる。
(少なくとも、生徒の前ではしっかりしないと!)
そう思いながら、真紀は教室を出ていった。


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