〜窓際の男〜



長谷川典行はイベント会社「style企画」のプロデューサーである。
45歳になる彼はすでに出世コースから外れ、半分は窓際のポジションといっても良い。
会社にはまだ、届け出てはいないが、彼の意思は固かった。
次の仕事を最後に、会社を辞職する旨は数か月前から彼の中にあった。
その彼が、先の会議で出た案件を、頭に巡らせていた。
“アイドルと女芸人を使い、対決モノの企画はできないだろうか”と企画部長の気紛れも手伝い、議題となった。
そうした良さそうなアイデアが浮き上がっては、ハラリと翻(ひるがえ)り、暗澹とした思考の底に沈んでゆく。
「最後は派手に散りたいな!」
男は無意識に言葉を発した。
どうせなら、世間を戦慄させる仕事をやって職を退きたく思う。
男は出世に邁進する同僚や上司から受けていた冷ややかな眼差しを脳裏に呼び戻し、ほくそ笑んだ。
「サービス残業に、理不尽なパワーハラスメントか…。この会社も長年積み重ねた罪悪を償うはめになるのさ!」
男は捨てるように言い、立ち上がるとイスを机に押しこんだ。
第3会議室は、いつのまにか、西日がブラインドの隙間から射し込んでいた。
光と影が互いに並び、まるで、鉄格子のように影が並行しながら落ち、室内奥まで伸びていた。
「この10年間はずっと牢屋の中に入っていた気分だな…。」
そうポツリと呟き、胸のポケットから取り出した煙草に火を付けると、部屋を出て行った。

右手の階段を上ると正面に企画部がある。
そのドアを入ってすぐ、右手側に5つ。
パーテーションで仕切られた簡易的な打ち合わせスペースがある。
長谷川が目にしたのは、ちょうど一人の女性タレントがマネージャーといっしょに中に通される時だった。
モデル並みのスタイルにGパンと、純白のブラウスが薄汚れた壁や仕切り板に毅然と映えていた。
(あの、タレントの名前…なんだっけな…。森…森なんだったか…。)
記憶を懸命に絞るが、干からびた雑巾のように一滴も出てこない。
(ちょっと前までは、テレビでよく見てたんだけどなぁ…。)
思案しながら、無意識に長谷川は彼女の方を見ていた。
理知的な雰囲気が窺える。
一見ニュースキャスターのようにも見れるが、確かタレントだった気がする。と長谷川は記憶を巡らせた。
(そうだ!祖父が名の通った政治家だったはずだ。そして、あの彼女も一時期、敏腕司会者と業界で一目置かれていた事もあったな…。)
そこまで出てきたが、ついに名前は出てこなかった。
キリリとした端正な美貌。
知性を物語る芯の強い二重の瞳に、薄いアイシャドーが凛とした装いを作り、手入れの行き届いたロングヘアが女を魅せていた。
その令嬢のふうとは相反し、バスト91cmのFカップが政治家の娘とは思えない扇情的なくびれた稜線をしていた。
すると、向こうも長谷川の視線に気づき、会釈を返してきた。
この業界、仕事上、星の数ほどに付き合いがある為、逐一人の顔や名前など覚えていないが、相手方が知った素振りを見せれば、失礼のないよう、笑顔で挨拶を返す事が習慣となっていた。
「あ、ああ…。」
実は彼女とは一度も仕事をした事のない長谷川であったが、相手の挨拶に反射してつい頭を下げた。
「そうだな…。彼女にするか…。」
長谷川はつぶやいた。
「名前くらい調べる方法はいくらでもあるからな!」
男が標的に選んだ女は皮肉な事に、ただ挨拶を返しただけであったが、それが仇となった。


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