中を見ると、2・30枚の書類と、数枚のチケットがあった。
書面には、依頼主とのやりとりを、経緯も含め、事細かにしるされていたのは、やはり父の仕事をうかがわせる。
しかし、引き出しに鍵までかけ、保管していたとは、如何ほどの依頼のであろうか。
「ねぇ、これがそうなの?」
「ちょっと、黙ってよ。」
佳澄は、美香子の言葉を遮った。
これが“誰にも託せない仕事”にあたるものであるか確信はない。
が、他の依頼、つまり専らの仕事内容などは、不倫や結婚相手の身元調査・失踪人の捜索などであり、それらと同じように、入院に前もって片す事はできなかったのだろうか。
佳澄は、小さな疑問を様々に抱えながらページをめくるが、それにつれ、父がなぜ“誰にも託せない仕事”と言ったか、それら絡まった糸は次第にほどけてゆくではないか。
「そういう事だったの…。」
俄かに信じ難い現実。
佳澄の驚きのような言葉に吸い寄せられるようにして、美香子も書類を覗きこんだ。
仕事の依頼主は、アジア圏の人権団体“LK”とあった。
書類によれば、マフィアなど裏社会の連中により、人身売買が秘密裏に行われているとの事である。
その中、父への依頼は人身売買の現場を捉え、証拠の写真を撮ってきてほしいとの事であった。
父の仕事の進行、その直後の人権団体サイドが公表に踏み切るまでの段取りまでが、細かくスケジュールが組まれ一覧表まで作成されている。
“LK”はマフィアに厳しく監視されているため、強い圧力を受けているといった非常に危機的な立場にあり、デリケートな任務であった。
そして、次の瞬間、佳澄の表情が曇った表情が、壁のカレンダーを見た。
計画実行の日が3日後に迫っているではないか。
現場は、横浜から出港するとある豪華客船“ヴァージニア”。
その中で富豪を相手に人身売買が行われているのだ。
「大変、急いで連絡しないと…!」
期日に父が現れないとあれば、依頼主も酷く迷惑を被るであろう。
佳澄は机上の受話器を取ると、書類にある番号へ電話した。
「どうしよう?クライアントは外人?…日本語じゃないかも!?」
妹の心配そうな表情をよそに、事態はさらに深刻であった。
受話器の向こうから流れた声は、機械的なアナウンスの声。
「現在この電話番号はつかわれておりません」と繰り返すばかりであった。
「嘘ぉッ!なんで?」
もう一度、電話をかけなおしたが、ダイヤルに間違いはなかった。
今より依頼主の捜索をしていては、とてもではないが連絡がつくとは思えない。
しかし、だからと言って依頼を受けながら果たせないとあれば、父に恥をかかせるも同然ではないか。
娘としては、この上ない屈辱である。
佳澄は書類を静かに封筒の中へしまった。
父の心残りは、娘である自分たちの手で鎮める以外道はないであろう。
故人の名誉を汚さぬためにも。
「いい美香子、お父さんのプライドは私たちで護るものよ!それが親子じゃない!?」
その言葉に妹は大きく頷き、「わかってるって!」と声を弾ませた。
実行の日の前日を迎えた。
概要では、計画は人身売買の現場を撮影し、その後、依頼主のよこした人物と接触。
船内は情報漏洩防止のため、電波のたぐいは届かないとの事から、その人物に外部へコンタクトできる通信機器まで案内され、データを送信するといった流れである。
佳澄はデジカメ・ケータイや、念の為、護身用のスタンガン・警棒などを用意した。
2日間で出来た準備といえば、たかだか知れたものであったが、だからと言ってさらに時間があったとて、船内に乗り込むまで、乗船客を装う佳澄たちに派手な装備は用意できないのだ。
その時、事務所玄関のカギをガチャガチャと開ける音がした。
妹の美香子である。
一昨日まで一緒にいたが、昨日になり準備があると言い残し、出て行ったきりであった。
「何してたの?」
「ちょっと、バイトの休みを変わってもらおうと思って友達のところへね。」
美香子が玄関で靴を脱ぎながら、あわただしく上がり込んできた。
すると、机の上に並んだ、準備を見て、やっぱりと言った表情をした。
「お姉ちゃん、センスないなぁ〜…。」
美香子は持っていた袋を机の上に置きながら、一本指を立てた。
「今のご時世、スタンガンなんて持ってるヤツを豪華客船が乗せると思う?入口で追い返されちゃうに決まってるじゃない!?」
そう言いながら、美香子は昨日一日いなくなった、もう一つの理由を袋から取り出した。
自慢そうに手にした物は、腕時計であった。
スタンガンと腕時計のつながりが見えない佳澄は「ん?」と首をかしげるのだ。
「これは、ただの腕時計じゃないの。この文字盤がソーラー発電する仕組みで、絶えず充電するし…。」
そう言いながら、美香子は時計を返し、ベルトの留め具を見せつけた。
「この部分をスライドすると…。」
なんと、留め具の板が二重になっているのか、ずれた板の下から、小さな、まるでボールペンの先のような突起が二つならんで出てきたではないか。
「このでっぱりがスタンガンになっているの。」
美香子が用意した護身用具は、腕時計形のスタンガンであった。
「すごい!」
普段、淑(しと)やかで、大人びた佳澄は、子供のような歓喜を発した。
そう言えば、美香子は理系、機械工学専攻の人間であった。
文学部に進み、料理やピアノを趣味としていた佳澄とは違い、電気や機械は得意分野なのだ。
「はい、お姉ちゃんと私の2つ。」
佳澄は、力強いパートナーを得たような気持ちに胸が熱くなった。
どちらかと言えば、姉として妹を率いていかねばならないといった責任を、勝手に独りで背負っていた嫌いがある。
ともすると、助けられるのは自分かもしれないと、考えを改めさせられた。
「ただし…スタンガンとして使えるのは充電がフルの場合。一度使うと空になっちゃうから、また充電されるまで使えないけど…。」
それでも、佳澄は、感極まったか、力一杯に妹をギュッと抱きしめた。
「く…苦しいよ…お姉ちゃん。90cmが圧迫してくるよ〜!」
気がつけば、佳澄の胸が美香子の胸を、これでもかと押しているではないか。
「何、言ってんの。おっぱいの事は言いっこないでしょ!1cmしか変わらないくせに!」
佳澄は、笑いながら、美香子の額をツンと小突いた。