もう時期に式が始まる。
準備のため、奥の控え室へ住職が向かう最中、直後に、あわただしい足取りで会場へ滑り込んだ女が佳澄を見つけたのだ。
「あぁ、お姉ちゃん!」
まだ、あどけなさを残す可愛らしい表情で、眉を八の字にゆがめ、息を荒げながら、彼女が言ったのであった。
くりり、とした二重瞼に透き通った瞳は純粋無垢を映す鏡のようである。
内藤美香子(ないとうみかこ)。
佳澄とは、2つ年下の妹であった。
今年、高校を卒業したばかりの彼女には、まだ大人と呼ぶにはいささか早い、まるで青リンゴのような雰囲気がある。
それでも大人の嗜(たしな)みとでも言うのだろうか、薄らとした化粧がシルクの頬を美しく健康的に際立たせ、ショートカットのヘアと相まって活動的な印象を持たせていた。
姉のしっとりと潤う美貌とは対照的な、燦々(さんさん)とした可愛らしさ。
ただ遺伝子の仕業なのだろうか、姉に勝らずとも劣らない、魅惑的な肉体の持ち主であった。
アルバイト先からでも直行したのだろう、初夏らしくTシャツにホットパンツが、なんとも男目線を惹く。
揺らしながら駆けた、その柔らかな果実の稜線が胸を形取り、ジーンズ生地から伸びる脚は、スラリとしなやかであった。
反るように上向いた、臀部の曲線に、なおの若々しさが宿る。
「もう、遅いッ!4時には着くって言ってたじゃない!」
佳澄は妹を叱責しながら、目は腕の時間にばかり落とし、彼女を親族の控え室へ促すのだ。
「もうすぐ、始まるから。ほらッ、着替えなさい!」
美香子が奥へ消えて、出てきた時には、漆黒の喪服姿であった。
それから、間もなく、住職が現れ、式が始まったのだった。
父は本業として探偵事務所を営み、その為、式の翌日から佳澄たちは父の仕事場の後片付けに追われていたのだ。
母親とは二人が幼い頃に死別し、父は男手ひとつで娘たちを育て、それゆえ、幼少の頃から家事全般など、家の事は娘たちが担っている。
この日も、例に漏れず、遺品も含めて片す事は自然な事であった。
病院で亡くなる直前、父は退院後の仕事の話を周りにしていた事などから、自身が逝去するものと思ってなかったのではなかろうか。
つまり、やりかけの仕事があって、不思議はないのだ。
依頼主へ迷惑をかけない為にも早急に連絡するなり、なんらかの対処をしなければならないと思っているのだ。
「どうだった?そっちは!?」
「う〜ん…。全部昔の書類とか…あとは資料みたい。」
佳澄は机の周りを整理しながら、立ち並ぶ本棚の隙間へ入り、段ボールを開けては閉じる妹へ問うた。
「おかしいわねぇ…。」
佳澄の言葉に心配が混じる。
父のやりかけた仕事や書類が見当たらないのだ。
秀明は几帳面な性格をし、進行中の仕事の書類などは、きっちりと仕分けられていそうなものなのだ。
もう一度、机の引き出しを開けるも、それらしき影、形もない。
どうしたものか。
佳澄は父の椅子に腰をかけ、ふぅ…、と息をついた。
机の右脇に3段の引き出しがあり、上の小さな引き出しには文房具類、中段には、どちらかと言えばプライベートに近い、趣味の書籍や娘たちの写真などが入り、下段の最も書類が入っていそうな大きな引き出しが空なのだ。
「もしかすると、お父さん、こういった事も想定して入院したのかも…。」
美香子は、姉の隣に来て、空の引き出しを眺めて言うのだ。
「だと、いいけど。…でもねぇ。」
それでも佳澄には、父が仕事を残して去った確信に近い手ごたえがあったのだ。
父が亡くなる一週間前、見舞いに行った時の事。
ひとり室内にいる父が電話で“誰にも託せない仕事”だと言っていた彼の姿を、偶然ドアの隙間から見たのだ。
つまり、少なくとも一つは“終えられなかった仕事”は存在するのではなかろうか。
「あとは、この引き出しだけなんだけどぉ…。」
佳澄は机のちょうど腹の位置にある、平べったい引き出しを憎らしく眺めた。
隅に鍵穴があるのだが、ロックされ開かないのだ。
当然、鍵の在り処がわかれば苦労はなく、指をかけ、引けども押せどもガタガタと微動するのみである。
「うふふ…ッ!コイツなんだか知ってそうね!」
美香子が、悪戯っ子のような、企みを孕んだ笑顔をよこした。
「何?」
妹が、ああいった表情をすると、いつも何かしでかすのだ。
すると、先ほど棚の奥の方で何か見つけたのであろうか、小走りに去り、戻ったその手には、自販機でも荒らすのかと言いたくなるような、1m程のバールを携えて現れたのだ。
「ウチ、探偵だから、意外に何でも揃ってるね!えへへ…。」
美香子はそのまま、バールの爪を引き出しの隙間へ差し込むと、力任せに「えい、えいッ!」と、梃子の要領で引き出しをこじ開けたのだ。
彼女が、中・高校とバレー部で鍛えられたからではない。
机の錠の造りが簡易的であったゆえ、一つ甲高い音とともに、標的は口を割ったのだ。
「やったぁッ!」
無邪気な歓喜が部屋を満たした。
二人とも、難問を解いたかのような解放感を感じたが、しかし、これがパンドラの箱を開いた事になろうとは、夢にも思わなかった。
降参と言わんばかりに開いた引き出しには、何が詰まっているのだろうか。
大事そうに鍵までかけ、保管されていたのは、一通の封筒であった。