〜勘違い〜

翌日。
真奈美たちは主任と一緒に午後の報告会の準備をしていた。
「小金沢、資料できた?」
早川主任が、外回りから帰省して問うてきた。
「すいません!もうすぐです!」
「そう。急いで…。」
主任を視界の隅で捉えながら、席を外したのを見計らい、小金沢が隣の真奈美に声をかけた。
「先輩…身体、大丈夫なんですか?」
「う…うん。」
小金沢は、後輩として、同じ女として共有する真奈美の屈辱的な痛みを慮った。
(まさか、あんな酷い事が浜辺の隅で行われていたなんて…。)
小金沢は何と言葉をかけていいか検討が付かない。
「なんとか…相崎の命を守れた事が唯一の救いね。」
真奈美が、そう気張って見せるが、憔悴は隠せていない。
「先輩、被害届け出した方が…。」
その言葉に真奈美の表情は曇った。
実は、まだ被害届けは出しておらず、今後も出す気はないのだが、仮に被害届けを出して、裁判や事情聴衆となれば、真奈美の受けた凌辱の全てを第三者へ吐かなければならない。
婦警として、任務の中で被害女性を勇気付けている立場といえど、立ち位置が変わると、女性とはこうも卑屈にならざるを得ないのかと痛感した。
「はぁ…。」
真奈美は隣に気付かれないように、溜息を吐いた。
己の身体が汚らわしく、そしてあの時、裏切られた悲嘆が居座り続けた。
最後の抽送で真奈美の肉体は快楽の至高へ昇り詰めた。
内在する官能の因子がずっと自身を内側から見つめているようでいたたまれない。
その時、川本部長が早川に書類を届けに部屋へ来た。
「すいません!言っていただければ、こちらから伺いましたところ…!」
川本部長へ駆け寄った主任は恐縮そうに頭を下げ、それを受け取った。
「しかし、昨日は何事もなく完了して素晴らしい限りですな!女性専従組織を束ねた早川君の指揮の賜物でしょう!はははは…!」
上機嫌をひけらかし、彼は扇子をぱたぱたと、ひらめかせていた。
「はい。それは午後の会議で報告させていただく予定ですので!」
再び、主任は頭を下げた。
それを聞きながら二人は悲愴な気持ちをただ膨らませていた。
「今回の成功は先輩の手柄だと私は分かってますから!」
後輩の耳打ちしたその言葉を受け、真奈美も頷いた。
警察である以上、人命以上に優先されるモノなど無い事を現場の人間は知っているのだ。
すると、川本部長が、真奈美と小金沢の元へもやって来て任務を労った。
「昨日はごくろう!」
「ありがとうございます!」
二人は手を置き、席を立つと、敬礼した。
「しかし、相崎きららは出演したテレビで、酷い目にあったしまったと困惑しておったよ!相当驚いたのだろう。」
「有名になってしまったジレンマみたいなモノですからね…?」
真奈美は、部長の一言一句に相槌を混ぜ、言葉を返した。
「でも、なぜ犯人は相崎きららの“命”なんか狙ったのでしょう?何か深い怨恨でもあったのかしら?」
小金沢が不思議そうに首を捻る。
「いやいや、熱狂的なマニアや、オタクの線が濃いだろう!困るなぁ、最近の若者は…。」
部長は、呆れた表情をしながら、しかし、午後の報告次第では、犯人の捜査に踏み切る考えを示した。
「オタクがアイドルの命を狙うんですか?」
小金沢はさらに、困惑を深める。
「そうだろう!オタクからすれば、垂涎の“アイテム”だからなぁ。」
それを聞き、二人が同時に「アイテム?」と口を揃え、聞き返した。
「そう“アイテム”!!」
部長は扇子をパタリと閉じた。
「何だ?君らは相崎きららのCMを見た事ないのか?」
「………???」
「“カチューシャは私の命です!”で可愛く叫ぶCMがあるだろう!」
それを聞くや、二人の表情は険しく曇る。
「そ、それじゃ、犯人の狙っていた“命”っていうのは…。」
小金沢が真奈美の思いも含め、疑念をぶつけた。
「そうだ!カチューシャだ!頭にあった可愛い輪っかだよ!」
そう言うと、部長は「わっはっは!」と笑い、「オタクやマニアの考える事は理解し難い!」と言い、踵を返したのだ。
その瞬間、真奈美の表情はガラスが砕けたように、クシャクシャになった。
突き上げる感情を抑えられず、右手の拳を振りかざしたのだ。
しかし、その兆候を察知した小金沢が辛くも制止にいたった。
「人命を守る為と思って犠牲になってきたのに!カチューシャの為に、私は…私は、自淫を強いられ、貞操を奪われ…膣内に射精を受けたのよ!!」
叫び狂いたい感情ばかりが、怒涛として真奈美から噴き上がるが、全てが涙に押し潰され、何一つ言葉にならない。
真奈美は唇を激しく震わせ、瞳に目一杯潤ませているだけであった。
「せ、先輩…!」
小金沢が小さく、叫んだ。
「さ…最悪、人命にまで被害が及んでいたかもしれないじゃないですか…。」
誰も見ていない内に真奈美の拳を下ろし、その場を取り繕った。

その翌年、星野真奈美は主任へ昇格を果たした。
さらに、30歳を迎える頃には、女性専従組織を部へと昇格させ、その長、部長へとなったのだ。
しかし、全体の部長会議で他の部の男性部長への当たり方は厳しかった。
皆、理解に苦しみ、首を傾げるが、その答えを真奈美が公言する事はなかった。
「男は皆、自分は女よりも強いと思っているのよ!許せない!」
それが、いつしか口癖になっていた。
男への嫌悪は以前にも増し、真奈美の婚期は遠のいていくばかりであった。


完。

                                                                     

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