昼間の国道で違反車を見つけた。
40km/hのスピード超過である。
県警婦警のミニパトは赤色灯を光らせ、追尾を始めたのだ。
「そこの“た 3△―67”の白のスカイライン止まりなさい!」
すると、観念したのか、その違反車は路肩に車を寄せ停止した。
ミニパトは違反車の前を遮ると、運転席から婦人警官が出てきた。
職務に支障がないよう、彼女はセミロングのヘアを後ろで括り、化粧も薄めで清潔感を漂わせた出で立ちが公務員を物語る。
「はい!ごめんなさいね〜!!」
そう言いながら女が違反車の窓を叩くと、運転席のドアが開き、20代後半の男性が出てきた。
「仕事に遅れそうなんやけどぉ…どうにか見逃してくれまへんかぁ〜?」
男性は違反を犯したにも拘わらず、軽薄な口吻だった。
「速度超過です!何キロ出していたか分かってますか?」
婦警は手にあるファイルを開きながら、相手に免許証の提示を求めた。
「ああ、残念!免許は今日、風邪でお休みやねん。」
関西弁のその男は婦警の注文をはぐらかすような物言いを並べ、「出さないと不携帯って事になりますよ。」「いやいや、免許ちゃんねェ…。今日の午後には出勤してくるんやけどなぁ。」などと押し問答気味を繰り返す。
それを見かねてか、ミニパトの助手席から声がした。
「こら!迫田!なにチンタラやってんの!」
そう言いながら声の主は車から降りてきたのだ。
ドアが開くと、ヒールの映える綺麗な2肢が揃って路面に下ろされた。
モデルの様な長身。
170cm近くあるだろうか。
しなやかな身体を包む制服はたおやかな稜線を描き、公務員というイメージを払拭するには十分な魅力を持っていた。
「あ、すいません!真奈美先輩!」
風に煽られて真奈美のロングのヘアがさらさらと泳いだ。
二人に詰め寄ると、真奈美は違反者をガンと睨み、
「不携帯なら署へ同行願えますか?」
と、綺麗な声色には似つかわしくない脅しを男に叩きつけた。
「い…いえ!め、免許持ってます…!」
そう言いい男は観念した。
その後は事務的な手続きだった。
迫田婦警は、違反者に「安全運転でお願いしますね!」といい、その車を見送ったのだ。
「先輩の剣幕に抗う違反者って今まででもいないですね?」
迫田は走る車の中で真奈美を讃辞した。
「ん?どうして?迫田も、もっときつく違反者を咎めるべきよ!」
「そうですけど…。何て言うか。先輩の声って綺麗な声優さんの様な声だし、容貌もタレントや女優さんのように美麗じゃないですか…。それなのに、ああして相手を睨むと鬼の様に怖いんですもの。不思議だなぁ。私なんか足元にも及ばない素敵な女性なのに、男性を一喝してしまうなんて。」
そこまで聞くと、真奈美は言葉を返した。
「さては、迫田。あなた彼氏できたわね?」
「ええ?」
迫田の表情が赤くなるのを見て、真奈美はやっぱりと思った。
「“男”が出来ると、どうしても“女”の部分が芽生えてくるから、強く迫れない!業務には百害あって一利なし!」
「でも、いずれは女性なら嫁ぐ日を迎えるものですし…。仕事ばかりが女の人生じゃないと思いますけど…。」
「警察の業務に“女”を気取る気?」
「い…いえ、すいません。」
迫田も真奈美の負けん気は承知している。
それ故、仕事の会話を展開すると、どうしても真奈美の圧しに屈してしまう。
人それぞれの価値観があるから仕方ないないが、いつも真奈美の信念に根負けし迫田は眉をハの字に歪ませる。
「でも、先輩はどうなんですか?」
「どうって?」
「彼氏ですよ。やっぱり愛する人の前だと“女”に変わるんですか?」
「あははは!そんなわけないじゃない!」
真奈美は笑った。
「26年間、今まで一度たりとも彼氏なんて、いた事なんてないわ!」
「ええ!?」
迫田はますます驚いた。
「すると、先輩…もしかして、バージ…ン?」
迫田は言葉にするのを少々躊躇ったが、真奈美は平然とそれを認めた。
「そうね!世間では、そう言うわね!でもそれは仕事の技量とは関係なくてよ?」
「あ…はい。」
「私からすれば、結婚も決まってない男性と肉体の関係を持つ事の方が信じられないわ!今まで私は自分が納得し得る男にも出会った事がないし、最近になって世の中には貧弱な男しかいないんじゃないかって思うようになってきたわ!」
それを聞きながら迫田は肩をすぼめた。
真奈美の婚期はまだ先なのは確かなようだ。