〜歪んだ男〜



石上は用をたし、手を洗いながら、トイレの鏡に自分の姿を映した。
胸にあるTシャツのよれた柄を眺めながら、そろそろ新しい服でも買おうかと思案していた。
石上は大学に通うにあたり、親の支援を受けてはいない。
親の願いは、父親の家業を継ぐ事であった。
漁師である。
小さな頃から、その親の苦労する姿を見て、いつも思っていた。
汗水流して働く事に何の価値があるのだろう?
労力を最小限にして、最大限のお金が手に入らないものか…?
そして、高校卒業と同時に親の束縛から逃れる様に石上は家を飛び出した。
クラスの中でもそれなりに成績であった彼は、入学できそうな大学を見つけて、ここに来た。
お金もアルバイトをして貯めた。
力仕事をすると、周りに重宝され,その自分の姿を見ると、妙な自信が湧く。
父親ゆずりの大きな身体だけは、感謝していた。
欲しいものがあれば、努力を惜しんだ事も、手段を選んだ事もなかった。
未だ警察にお世話になった事はないが、相当の事はやってきたが、その経験が、現実は裏切らない≠ニの屈折した信条を男の身に刻み込んでいた。
時刻は昼時、石上はトイレから出た。
その時、女子の会話が聞こえてきたのだった。
男子トイレから出た、すぐ隣が女子トイレなのだ。
女子トイレは入り口から入ってすぐにL字に折れている為、外からは中の女子の姿は窺えないが、声は小泉柚希のそれに違いない。
おまけに、話の話題は石上の事であった。
「ねぇ、柚希…さっきの石上だけど、ホントに映画に行ってあげる気?」
「やだ〜…。あいつ汚いんだもの…。しつこいから、適当に返事しただけ…。元々、そんな気ないから!」
隣にいるのは、川田だろうか。
いつも二人でいるから、その可能性は高いだろう。
互いに鏡に向かい合いながら、しゃべっているふうを感じる。
「私、狙ってるのは、高橋君だから。」
柚希の声である。
どうやら、彼女の気がある男が高橋であるらしかった。
「え?新しい彼氏できたの?」
「うふふ…。これからできるかも…。彼も私に気があるみたい。」
乙女達が、恋の話と楽しそうに戯れる。
「実は、高橋君には、――――――…。」
そう語らいながら、二人の足音が、コツコツと、出入り口に近づいてきた。
柚希達が、トイレを出ると、すでに男の姿はなかった。
石上が聞き耳を立てていた事など知る由のない二人は、そのまま昼食を取る為に食堂室へと向かった。

ドンドンドン!!
黒淵 彰(くろぶち あきら)は、けたたましく鳴る玄関ドアのノックに叩き起こされた。
ちょうど、その日は取っている講義がなく、彼は昼過ぎまで寝ていたのだ。
昨晩からの酒が抜けきらない身体を起こし、玄関口へ向かった。
安普請のアパート。鉄板でできた扉を開けると、石上健二の姿があった。
大学の周辺に点在する学生専用アパートの一つ。
黒淵はその三階に部屋を借りていた。
大学から徒歩5・6分の場所にあり、そこに、血相を変えた石上がきたのだ。
「何!?」
黒淵が寝ぼけ眼で石上を見上げた。
坊主頭に顎にはヒゲを蓄えているが、体つきは石上と比べれば上背のない体格をした男であった。
「なぁ!クロ、お前、高橋修造と小泉柚希と顔なじみだったよな?」
普段から交流のある間柄、石上は黒淵の事をクロと愛称で呼ぶ。
その石上が息を荒たげ、クロに迫った。
事の飲み込めない黒淵は、困惑を顔に見せていた。
「何言ってるかわからないけど……。ちょうど大学の研究会で同じグループってだけだ。」
しかし、今の石上にとっては、この高橋修造、小泉柚希、とを結びつける黒淵の存在は有り難かった。
「これは、お前だけにしか相談できない相談なんだ。この前の様に報酬10万でやってくれ!」
「へぇ、どんな話だい?」
その言葉を聞くと、殊勝な面持ちで、石上の顔は黒淵に擦り寄った。
「実は…――――――――…。」
石上は自身の怒りも含め、この日あった事を親友に話した。
そして話を聞くや、黒淵は高橋の事を快く思っていない事もあり、不気味に笑いある方策を語りだした。
「それなら、女を痛い目に合わせる絶好の方法がある。以前から試してみたい方法だったんだが…。」
身を乗り出し、話し出したのは、青空遊園地の観覧車の事であった。


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官能小説的な一言:アホは名器に溺れる」