〜ボールの行方〜



ポン!
指先で弾いたビーチボールが、紺碧の空に放物線を描いた。
三角形に並んだ互いの間を、ボールが舞ってゆく。
「はい!裕子ちゃん!」
「それッ!」
「よッ…!」
浜辺の照り返しにうたれながら、女三人が戯れていた。
しかし、裕子の胸の中のモヤモヤとした不満は次第に大きくなっていった。
裕子は香織の勝手気ままな振る舞いが納得いかず、内心、愚痴を反芻する。
蓋で覆ったはずのモヤモヤが、それを押しのけ再燃しはじめたのだ。
二人の水着の華やかさにも、嫉妬心が芽生える。
(そもそも、杏も杏だ!その場の空気に流されて適当な事ばかり言っているのではないか。)
先程の言葉にも溜飲が込みあげる思いがした。
爽やかな水着?
(その柔らかな笑顔の下に悪意があるんじゃねぇだろうなぁ!)
裕子は心の中で叫んだ。
くすぶっていた小さな火が、周りに飛び、大きな炎に変わりつつあった。
その時であった。
「裕子ちゃん、その指輪かわいいね。」
杏が裕子の右手薬指の小さな指輪に気づいた。
「あ…これ?……前の彼氏に貰ったの。」
本当は今の彼氏に貰った物であるが、言い出せないが故に嘘をついた。
「前の彼氏に貰った物なんて、外しちゃいなよ。みっともないよ。」
香織が歯に物着せぬ台詞を吐く。
「うん…でも…。」
裕子はトスを上げながら、適当に相槌をうった。
「ダメだよ。モノはモノだもの…高価な品物かもしれないでしょ?」
杏が裕子を気遣い引き取った節があった。
「そう…うん。……モノはモノだしね。」
仲の良い付き合いだとしても、デリケートな部分は触らないでいて欲しいというのが裕子の本音であった。
デザインは良くは無いが、彼が一生懸命に選んだ物を変に言ってほしくはない。
それを、香織はふーん、といった解せない表情で眺めていた。
「じゃあさぁ、それいくらだった?」
またしても、香織がデリカシーに欠けた質問を寄越す。
(お金の問題ではないだろう!)
裕子の中で香織に対する不満がさらに募る。
プレゼントは愛の形の一つであって、お金で計られる事に抵抗感を覚えた。
裕子はそう考えているのだ。
反論がのど元まで出かかって、言葉をグッと飲み込んだ。
価値観の違う香織に力説してもわからないだろう。
しかし、次の瞬間裕子の上げたボールが、全く関係の無い方向に飛んでいった。
感情が昂ぶって両手が力み、コントロールを誤ったのだ。
「あぁ!何してんのよ!」
香織の視線がボールを追いかけながら、振り返り、呆れる様な表情を裕子に投げた。
「取りに行かなきゃ。…ごめん。」
駆け出す裕子につられ、杏もボールを捜しにいった。
それを見て、一つため息をつくと香織も仕方ないかといった風に二人についていった。
ボールは、浜辺に隣接する茂みの中へと隠れた。
それを追い、三人ともがその中へと入っていったのだった。


手入れのない草が彼女達の胸元まで立ちあがり、頭上には、垂れ込めた雑林が空を覆っていた。
一歩一歩を踏み出すにも一苦労である。
真夏の草熱れが、肌に纏わりつく。
裕子が注意深く足元を観てもボールは見当たらない。
「ねぇ、見つからないんですけど…。」
香織の声である。
言葉の裏にうんざりした感が、見え隠れした。
「もっと、奥なのかなぁ。」
杏がさらに深く目指し出した。
その茂みの草木をかき分けてさらに中に進んでいくと、なぜか開けた場所に出た。
ゆうに、家一件分の広さはあるだろうか。
密林の中にいるはずなのだが、三人の前に突然視界が開けた。
「すごーい…。」
香織が感嘆した。
「秘密基地っぽいね。これは発見。」
杏も物珍しさに惹かれ、笑っていた。
しかし、正確には、グルグルと彷徨っていると偶然迷い出たのだが。
ここは、外界からは、完全に視界が遮られた趣きがある。
足元には低雑草が群生してい、頭上にも高樹木が覆い柔らかな木漏れ日が辺りに注がれていた。
今、自分達が通ってきた、雑草のひしめき合う道とは明らかに違う。
香織が数歩踏み出した。
「涼しい…。ここ涼しいよ!」
清涼感のある風に、彼女がはしゃぐ様に言った。
その刹那、女三人を数人の男が囲ってきたのだ。
(何…?)
裕子の表情が険しくなった。
その中心に陣取る男が、ビーチボールを片手に裕子達に詰め寄った。
Tシャツにハーフパンツを着ている男であった。


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