〜海の家〜



バスが長いトンネルを抜けると、突きぬける様な青空が広がった。
周りの新緑が風に揺れ、裕子の胸の中にも、スゥ〜…と、そよ風が吹いた気がした。
19歳大学1年生。
受験の束縛から開放された佐藤裕子(さとう ゆうこ)は同じ大学で知り合った、
同級の女友達3人と夏休みを利用して海に来ていた。
3泊4日。
互いにアルバイトを頑張って貯めた、なけなしの貯金を叩いての旅行であった。
朝10時に某県を出発して、電車・バスを乗り継ぐ事、5時間。
太平洋に面した海岸線に辿り着いた。
車窓の視界が広がる。
手前を遮る雑木林が次第に薄れ、入道雲が立ちあがり、黄金に焼かれた砂浜、純青の海に乙女達は心躍らせた。
遠く、果ての水平線を滑る白い遊覧船が2・3隻見受けられる。
「綺麗な海だよね〜…。」
御手洗 杏(みたらい あんず)が感嘆した。
アーモンド型の目を微笑ませながら、ニッコリと目尻を下げる。
柔らかな雰囲気は女の目から見ても癒される。
まったりとした気性は彼女の一番の魅力なのだ。
ショートカットに整えられた髪型。ボーイッシュな容貌とは、裏腹に透き通る様な、雪色の肌を持ち、実におしとやかな女性である。
「でしょ〜!厳選したもの!」
裕子は事前の下調べが功を奏した手応えに胸を張った。
雑誌を片っ端から調べ上げ、穴場中の穴場を見つけた自負がある。
「○○地蔵前〜…○○地蔵前〜…」バス内のアナウンスが告げられた。
そこは、裕子達の目的のバス停であった。
「みんな、ここで降りるみたい!」
3人共ボストンバッグを肩から下げて降車した。
バス停から、緩やかにカーブする海岸沿いの道をしばらく歩くと、赤い屋根、白いペンキ壁のペンションが見えてきた。
「あぁ、アレじゃない?ねぇ…。」
自分達が宿泊するであろう、建物が見え始めた途端、橘 香織(たちばな かおり)が嬉しそうに駆け出した。
ブラウンのセミロングをなびかせながら、10m程先まで行き、後ろの二人に大きく手招きしてみせた。
彼女の快活を物語る様な、とっびきりの笑顔が二人を呼んだ。
「早く!早くしないと海で泳げなくなっちゃうよ〜!」
時刻は午後3時をまわっている。
陽が暮れると海へ入れなくなる事を、気にしているのだろうか。
裕子は隣の杏と顔を見合わせ、クスッ!と笑った。
5時間も電車・バスに揺れられながら、ものすごい元気である。
香織の元気を見ていると、疲れが吹っ飛んでゆく。
二人はそんな気がした。
裕子と杏は、大きなボストンバッグを揺らしながら香織の元へ駆け寄った。
「もぉ〜…なんでそんなに元気なの?」
裕子が呆れてみせた。
「香織ちゃんは今日すぐにでも、海へ入りたいのよね?」
裕子をなだめる様に、杏が引き取って言う。
3泊4日の旅。3日目の夜には地元主催の花火大会が催される。
そして4日目の朝に帰省とあらば、今日一日、いや数時間でも惜しい気持ちである。
大学で知り合ってまだ、間も無い女子大生3人。
親睦を深める意味と、もう一つ、素敵な出会いを求めてビーチにやってきたのだ。
「やっぱり、女として彼氏くらい作らなきゃね!その為に、水着も厳選してきたんだから!うふふ。」
香織が目を輝かせ出した。
その気合の入れ様に、さすがの杏も苦笑いした。
「さっ…!ここの階段を上がればペンションね。」
20数段の石段がなぞった、小高い丘に、その建物はあった。
遠くからでもはっきりと分かる印象的な佇まい。
木製の垣根で囲われた敷地に入ると、目の前に名物の大時計が据えてあった。
パンフレットにも書かれていた。
○○海岸の名物。
日没になると、海岸線に響き渡るくらいの大きな鐘が鳴るそうである。
その向こうにペンションの入り口があった。
白い扉、金メッキのドアノブを回して中に入ると、来客を示すチャイムが鳴った。
玄関に備え付けたセンサーに反応したのだろう。
「はぁ―――い!!」
奥の部屋から女の人の声がした。
スリッパの足音をパタパタ響かせて、若い女性が姿を表した。
22・3歳程であろうか。
髪を後ろでアップにくくり、白色のTシャツにGパンを履いていた。
裕子達は彼女の洗練された姿に、一瞬見とれていた。
化粧は薄手で、すっぴんかどうかは分からない程であったが、何より美しいとゆう印象を受けた。
海辺の仕事とは思えないキメ細かなシルクの肌。
均整のとれたまるでドラマの女優を彷彿させる顔立ちが、ニコッと微笑むと朱色の唇から並びの良い真っ白な歯が裕子達を出迎えた。
「あの…先日電話した佐藤裕子ですけど…。」
「はい…ご予約のお客様ですね…伺っております。」
3人は、ペンションの女性に案内されるままに、2階の東側に通された。
宿泊客の都合上、3人共が、個室を割り当てられた。
「ごめんなさいね…。大部屋が全部埋まっているの…。」
その案内の女性の申し訳なさそうな表情に3人共が会釈を返した。


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