〜人見知り〜

高校1年生が終わり、春休み最後の日、倉持彩加(くらもちさやか)は、親友の恵美と街へ出ていた。
午前中に家を出て、午後一から始まる映画を見た後、小物を探しショップを巡り、今こうして喫茶店で一息ついている最中なのだ。
時刻は夕方の4時になろうとしていた。
高校に入学し、地元への進学ではなかった彩加に、周りのように何かしら顔を合わせた事のある友人と呼べる存在が近くにいなかった。
その折、最初に声をかけてくれたのが、恵美であった。
始めは何気ない会話を重ね、クラスで休憩時間中にしゃべるだけの仲であったが、こうして一年経ってみると、彩加の人生の中でも親友と呼べる存在になっていた。
中学時代の話、勉強の話、それに加え恋の話も数えきれないくらい二人でした。
こうして考えてみると、人との縁の不思議を感じざるをえない。
「でも私、恵美に声かけてもらわなかったら、あのクラスで独りぼっちだったかもしれない。ありがとう。」
彩加はグラスに注がれたクリームソーダをストローで吸いながら、笑った。
「何それ…。」
彩加に合わせるように、恵美も笑ったのである。
もちろん親友の恵美には、彩加の心情が理解できた。
一年間慣れ親しんだ(と、言っても恵美との関係であるが)クラスを手放す事に寂寥を感じるのだ。
高校1年生から2年生に上がる際には、理系文系に分かれる為、クラスの編成がある。
理系に進む恵美に対し、彩加は文系志望なのだ。
当然、クラスが同じになる事はない。
人見知りの激しい彩加には、一年前と同じ、孤独な状況を迎える可能性が高いのだ。
今度のクラスには、自分を受け入れてくれる人物はいるのだろうか。
そう考えると、不安に心臓が止まってしまいそうになる。
そもそも、彩加は幼い頃は友人も多く、人付き合いの絶えない子供であった。
彩加が人を今一つ信用できなくなったのは、中学2年生の時に遡る。
当時、クラスの中でも男子の目を惹くほどに胸の発達著しい女子はクラスに二人いた。
たしか、名前は杉山という女子と、もう一人が彩加であったのだ。
彩加は、14歳にしてDカップからEカップへとなろうとしていた。
母親にねだって買ってもらったお気に入りのブラジャーも2・3カ月すれば、もう自分に合わなくなってしまうほど生育に長け、しばしば下着の事で気落ちしていたのを思い出す。
そんな時、クラスの中でもヤンチャでならしていた男子が冗談半分で、彩加のブラジャーをはぎ取ろうとした事件があったのだ。
あれは忘れもしない。
体育の時間になると、女子と男子の着替えは別々になる。
女子が着替えている時、男子は廊下で待機し、男子が着替えている時は女子が外で待機する約束事になっているのだ。
しかし、その日、席の並びの関係で廊下に近い場所で着替えていた彩加が、体操服を脱ぎ、首から抜いた時、突然扉がガラガラ…ッと勢いよく開いたのだ。
当然、彩加の上半身はブラジャー一枚である。
と、次の瞬間、ヤンチャな男子が教室に半身飛び込むや、手を伸ばすと、彩加のブラに指をかけたのだ。
「きゃぁッ!」
驚き、身をよじった事が彼女をすくった。
男子の指は右の肩紐にかかり、紐を下ろすだけにとどまったのだ。
指は儚く、紐から抜け去り、空を泳いだ。
運悪く、ブラのカップにでもかかっていたと思うと、ぞっとする。
正直な話、ソイツは間違いなくカップを狙っていたんだと思う。
廊下から教室内を覗きこんだ男子は3〜4人いたであろうか。
最悪、彼らに乳房を、それも頂きまで曝していたかもしれない。
その男子は、周りの女子の剣幕に追い立てられるように、廊下へ締め出され、扉はピシャリと閉められた。
後から耳にした話では、そのヤンチャな男子は彩加に思いを抱いていたらしいのだ。
たしかに彩加の容姿は、クラスでも男子の注目を惹くほどに魅力的であった。
涼しげな顔立ちにアーモンド形の瞳。
二重瞼も印象的で、整った美麗があった。
それが、クラスという野原の中で雑草に混じると、可憐に咲く花のように見映えるのだ。
それゆえに、男子には大きな胸は嘲弄の的となり、女子には僻(ひが)みの対象となるのだ。
ある男子は、毎晩、彩加の乳を想像しながら、センズリをこくのが日課だと仲間内で発表し、皆が笑った。
あるいは、ある女子などは一本3千円でパイズリしているなどと、根も葉もない嘘を言いふらす始末。
そういった陰口を耳に挟む度、彩加は酷く傷付いた事だろう。
「大丈夫…。彩加は笑うと可愛いもん…ッ!」
恵美の一言に彩加はふと顔を上げた。
「彩加の弱点は人と壁をつくる事だよ…。今度は離ればなれになるけど、きっといいクラスになると思うな…。」
「そうね…。心配ばっかりしてたら、幸運も逃げちゃうかもね…。」
彩加は自身の愚かさに、苦笑した。
そうだ、ただ皆と仲良くすればよいだけなのだ。
中学時代、自分を笑った連中などもういない。
「目標とか作っちゃえば…?」
恵美が空になったグラスをストローでかき回しながら、目の前の瞳を覗きこんだ。
「目標…?」
「そう、クラス替えの日、最初に話かけてくれた人と仲良くなる…とか。」
彩加は、親友のアドバイスに、笑顔で大きく頷いた。


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