平井俊平(ひらいしゅんぺい)は、思い気分を引きずって自宅の玄関を開けた。
学校での成績が悪く、親に咎められてしまうのではないかと気にしていた。
中学2年生。
ほとんどの教科の成績は問題なくこなすが、一つ、美術だけができない。
通知表は、10段階評価の7・8が並ぶ中、例の美術のみが1となっていたのだ。
今日は一学期が修了し、学校は午前中に終わり、昼頃に自宅に着いた。
「あら、俊ちゃんお帰り!」
チャイムを押すと、母親が息子を出迎えた。
「お昼出来ているわよ。」
俊平の胸中を知る由もない、母親はそう言って台所に戻っていった。
「あ、そうそう。」
何か思い出したかのように母親が止まって言う。
「今日通知表もらったでしょ!?お父さん帰ったらちゃんと見せておくのよ!」
その言葉がズシリと俊平に重しを乗せた。
夜、案の定通知表を見た父親の機嫌が悪くなった。
「どうして、美術だけが“1”なんだ!?」
父はさっきから同じ事を繰り返し、眉間にシワを寄せていた。
父親は息子とは、真逆であった。
絵が上手かったのだ。
ゆえ、俊平の苦悩など理解できるばずもなかったのだ。
「絵なんて、見たまま書けばいいだろう?」
そう言われても、俊平には掴み処のない話だった。
いつか、父親に絵についての手解きを受けたが、今日まで上達する事はなかった。
「本当に情けない!」
俊平は正座したまま、言い返す事ができなかった。
父の不機嫌が過ぎ去るのを頭を屈めて待つしかなかった。
修了式のその日を耐え凌げば、明日からまたいつもの日常が始まるものと思っていた。
しかし、
「お前のこの美術は何か対策を考えなくてはいけないね!」
息子の重症を悟った父は方策を思案し始めた。
「家庭教師とか…。」
「え?美術の家庭教師ですか?」
隣でアイロンをかけていた母親が訝しげに父を見た。
そんな話聞いた事がないとでも言いたそうな表情を向けた。
「探せば何かあるだろう!?」
父は自身の考えを曲げる気がない硬い眼差しを母に押し返した。
「今日はもういいから、早く寝なさい!明日から夏休みだろ?今夏にどうにか克服しよう!」
その日はそれで、説教から解放された。
一週間後、母親から一言お達しがあった。
自室にいるとノックがあり、母親が顔を覗かせた。
「俊ちゃん、この前の家庭教師の話があったでしょう?」
「え?ああ。」
「絵を教えてくれる先生が見つかって、早速明日きてもらう事にしたから。」
さしずめ、父親が血眼になってどこからか、探してきたのだろう。
俊平は、自由な夏休みの時間に拘束を受ける事に気重になり溜息をついた。
母親はそれだけを言いドアを閉めた。
翌日。午後3時25分。
ピンポーン!
約束の時間5分前にチャイムがなった。
(ああ、本当なら友人の所にでも遊びにいけたはずなのに、こうして週一、時間の一部を削られてゆくのか!?)
俊平は辟易し、自室に籠っていた。
「ようこそいらっしゃいました!」
階下から母親が応対する声がドア越しに届く。
そして、母親ともう一つ、別のスリッパの音が、パタリ、パタリと階段を上ってくる。
俊平の部屋の前に来た時、二つは止まり、母親がノックをし、ガチャリとドアを開いた。
「俊ちゃん、先生いらっしゃったわよ〜。」
母親の後ろに先生と思われる人が立っていた。
しかし、俊平は、その姿を見た時、心臓の高鳴る音が体中に響き渡ったのだ。
(ええ!?)
「こんにちは。アートレッスンから来ました美術家庭教師の中江詩織(なかえしおり)です。」
少年の胸をときめかせた対象は微笑み、お辞儀をした。
男性の教師を予想していた俊平は意表を突かれた。
(綺麗な人だ。)
そう思った瞬間、甘く芳(かぐわ)しい大人の女性の匂いが部屋を満たし、少年の鼻孔を撫でた。
甘く、花園のような香りであった。
(なんていい匂いなんだ!)
14歳の子供にすれば、対象は魅惑的な姿態であった。
彼女は純白のブラウスを身にまとい、下は黒地のタイトなミニスカートを履き、美しい脚線を映やしていた。
光沢のあるワンレンのロングヘアが印象的で、目鼻立ちは整ってい、雑誌のモデルだと言い張っても通るような洗練された可憐を備えていた。
「それでは、お願します。」
そう品良く挨拶をすると、母親はドアを閉めた
俊平はドキドキが止まらなかった。