〜退院の日に〜

午前10時に母親が迎えにきた。
「手術…成功してよかったわ!」
ボストンバッグ一つ分の荷物を詰め込み終えると、母親は先に車へ向かおうとしたのだ。
「忘れ物なないかしら…?」
しかし、そこへ偶然だろうが、タイミングよく香帆里が病室へ入ってきて、二人は挨拶を交わした。
香帆里の着衣に乱れは皆無であった。
徹夜明けである事を除けば、通常業務と変わりない。
しかし、数時間前の所業を香帆里はどう思っているのだろうか。
夢見心地はとうに覚め、後から湧く良心の呵責に苛まされ、修は香帆里の目を直視できなかった。
(最低だ…!オレ!)
想いをよせる女性を強姦したも同然なのだから無理もない。
当然、母親は息子が担当看護婦を凌辱したなどと知らぬまま丁寧なお辞儀をし、何度も香帆里へ礼を述べ、互いに交わす笑顔がひどく奇妙にさえ感じていた。
「野田君!お大事に。」
ベッドから床に下りようとした修に、香帆里は笑顔を送った。
(ぼ…僕は、鬼畜同然の…行為を…。)
胸にくすぶる気持ちを土産にするにもはばかられ、意を決し修は口を開いたのだ。
「香帆里さん…ごめん…なさい!」
先を行く母親には聞こえないように、小さく言った。
「ん?なんで?」
彼女は笑顔だった。
「なんでって…。だって僕…香帆里さんに…レイ…。」
修の言葉を遮り、彼女は人差し指をそっと少年の口元へ立てた。
「男の子ならドッシリ構えてなさい!」
「え?」
香帆里の口調は優しく穏やかで力強かった。
「気にしない気にしない!今日も一日元気!元気!」
彼女は肩腕でガッツポーズを作った。
今まで、彼女を縛り続けた鎖が解けた事に安堵しているのだろうか。
いや、どんな時も笑顔、元気、感謝を忘れない。
それが浦賀香帆里であった。
修が飯沼のベッドを見ると、彼は3・40分前に病室を後にしていた。
窓から流れた風が肌を洗い、すこしだけ、修の過ごした院内の時間が嘘のように感じられた。
惜別を感じた瞬間だった。
「それで、どうだった?気持ちよかったでしょ〜!?」
耳元で香帆里がささやいたのだ。
まるで自慢の手料理でも振る舞ったような口ぶりだが、香帆里自身の口から言いだした事に驚嘆した。
修を慮り、あえてそう言ったのかもしれない。
「なかなかいいモノを持っているんだから、自信持ちなさい!」
彼女は片手を口に添え。
「私、イッちゃった…!」
可愛らしい声での告白だった。
思い当たる節がある。
「許して…野田くん!」と叫んだその時、修の脳裏に、鮮やかに蘇るのだ。
香帆里は全身をぶるり、と震わせたのだ。
きゅきゅ…ッと、肉輪が男根を締め付け、甘美な労いをもたらした。
病室を出ると、彼女は次の仕事があるのか、修とは別の方向へ歩いていった。
後ろ姿を見ながら、彼女の笑顔が忘れられなかった。
それからもう一つ、香帆里と交わった時の柔らかな感触も。
いつまでも心にまとわり付いて離れなかった。


完。

                                                                     

     もくじ(6)