春先のまだ風の冷たい季節だというのに、街角には、ミニスカートが行き交う。
「ねぇ…ドライブに付き合ってよ。」
女を誘う時は、まるでコンビニにでも買い物に行くかの様に軽く声を掛ける。
真紅のフェラーリが、一人の少女の前にはばかっていた。
パーマもかかっていない漆黒のロングヘアが、まだ幼さを醸す女であった。
綺麗な肌に透き通った瞳を二重瞼が彩る。
ニットのセーターにスカートはミニ。
腕に提げた可愛らしい鞄が、目一杯のお洒落を物語った。
「ねぇ……。」
春日井が呼びとめた。
少女の眼差しが、車体からほとばしる輝きに惹き寄せられる。
開け放たれたホロが閉塞感を払拭し、身構える女の肌が心なしか緩む。
「この先に旨いイタリアンがあるんだけど…どう?」
少女は頷いた。
大概のメスはブランドの魔力に弱い。
男は女のそんな習性を熟知していたし、男の下心を知らない女がいれば、それは女自身が悪いのだと考える。
バタン!と、ドアを閉める音を路肩に残し、車は少女を助手席に乗せ夜の街を走りだした。
「君、可愛いね…。名前は?」
「香苗(かなえ)。」
「大学生?」
「ううん…高校生。」
春日井の優しげな語りは、女の心に纏う服を一枚ずつ脱がしてゆくようである。
なぜだろう…?
他(ひと)は他人(ひと)のどこを見て、その人物の事を知りえるのだろう。
言葉の使いや選ぶ表現、風采といった要素もあるだろうが、それだけではないだろう。
確かに春日井の面構えは到底プレイボーイとは思えない。
どちらかといえば、多少垂れ目ふうの一重はモテなさそうであった。
しかし、容姿のみが、その男性を決める要素ではないだろう。
男性は男性なりに。
女性は女性なりに異性に惹かれるツボの様なものがある。
例えば、声質。
女性は男性の声に惹かれる事が少なくない。
セックスアピールの大きなポイントなのだ。
低く渋い、穏やかな語り口。
まさに、春日井がそれであった。
神がいるとするならば、なぜ悪魔にこんなにも素敵なプレゼントを与えたのだろうか。
春日井の声が、少女を優しく包み込む様だ。
「高校何年生?」
「…2年…。」
春日井の微かにハスキーがかった声が、少女の心の奥底に忍び寄る。
「それじゃ、平日の晩に週3日入ってください。それで、シフトを組んでおきますので。」
「はい…こちらこそ、お願いしますだ。」
タモツは下宿先近くの焼き鳥屋でアルバイトを始める事にした。
大学進学に伴い一人暮らしである。
しかし、家庭の経済状況は決して楽ではなかった。
少しでも親に楽をさせたいと思い、できるだけ自分で生活費の一部でも賄(まかな)いたいと考えていた。
東京は家賃だけでも、地方と比べるとはるかに高い。
「それじゃ、来週からお世話になりますだ・・・。」
深々と頭を下げ、タモツは店を後にした。
店を出ると、目の前の大通り沿いを歩いて自宅へと向かう。
「東京の風景には緑がないだなあ…。」
連綿と続く街並みの向こう側にある空虚を眺めながら、タモツは不思議な面持ちを抱いた。
田舎育ちの彼にはひどく不自然な景色に映っていた。
故郷の夜空を思いつつ、空を見上げる。
とうに、日は暮れているというのに、市街地の灯りが空を照らし、薄白く染め上げていた。