〜バイト帰り〜

平日は学業と部活動をこなし、土曜と日曜は午後からアルバイトだった。
高校入学時分から、この一週間のサイクルは変わらず、一年と半年が経ち、木下慶介(きのしたけいすけ)は高校二年生の夏を迎えた。

6月。
梅雨の時期にはそぐわない快晴が空に広がった。
昨日まで連日続いた雨が、アスファルトに水たまりを残し、照りつける太陽の光を映している。
店内には、その濡れた地面に反射した光が、奥にまで射し込んで天井を白く染め上げていた。
「ありがとうございましたー。」
慶介の声が響く。
レジにお金を入れながら、自動ドアの向こうに消えてゆく客を見送った。
慶介は自宅から駅三つ離れたコンビニでバイトしている。
出来るだけ時給の良いコンビニを探して、ここに決めた経緯があったのだ。
「ふー…っ。」
店内に客がいなくなるのを見て大きくため息をついた。
実は毎週、土曜日は昼から部活動がある。
今日もそれに断りを入れてバイト優先にした事が、胸の中に微かにつっかえていた。
せっかく親友の今井が誘ってくれたが行かなかった。
部活動も大事だけど遊ぶ金も欲しい。
週末のみのバイトでは月に大した額にはならないが、それでも無いよりはよかった。
(そういえば、駅前のショップで見たGパンがよかったなぁ…。)
休憩時間になれば、ショッピングにでもバイト代を使おうかと思案していた。

22:00
「それではお疲れ様です。」
慶介は私服に着替え店を出た。
とうに日は暮れ、街灯に照らされた表通りを、家路へと向かう。
手首に目を落とし時間を気にした。
いつも通りの時間だった。
「これなら22:14の電車に間に合いそうだ。」
再び部活動の事が頭をよぎる。
部活といっても部員数25名。
映画研究会といって、映画好きの連中が集まって、みんなで映画の評論をしあうだけの部活なのだが…。
親友の今井(いまい)曰く。
毎週土曜日の部活動はだいたい22時前には、切り上げるらしい。
(今の時間帯なら、今井や他の部員に偶然会ったりなんかして…。)
一人ニヤニヤと綻ぶ顔をしながら通りをすれ違う人に目を凝らしてみた。
先ほどから、やたら部活が気になる理由が、慶介にはわかっていた。
阿部先輩の存在だった。

阿部由香里。
学年でいえば一コ上にあたる。
今日部活に行けば彼女に会えたのだ。
「あー俺も行きたかったなぁ。」
駅構内の改札へ向かう階段ですれ違う雑踏に紛れ、慶介はポツリと呟いた。
本来の部活は月曜・水曜・金曜の放課後、視聴覚室を借り行うのが通例であった。
しかしながら、土曜日は土曜会≠ニ称し、部長の小西先輩の自宅で行われる。
なんでも部長宅の設備は、学校の機材よりも各段に音と映像が優れている為、映画を鑑賞するにはうってつけだと聞く。
資産家の息子とあってそれだけ、金をかけたものを持っているのだろう。
小西さん自身も、映画専門誌に投稿する程の映画ファンであって、学生ながら彼の評論は、アマチュア界では一目置かれる人らしい。
恐らくは、彼の熱のこもった弁が毎週土曜日に自宅で炸裂しているものと、慶介は読んでいた。
自宅のスペースもあってか、入場は希望者の中から10名に搾られる。
退屈そうな催しに不人気かと思いきや、希望者が毎週ふるいにかける程の盛況ぶりに、意外な気もした。
それ程に人気なら、一度くらいなら見てみたい気もするではないか。
慶介は自販機で切符を買い、改札を通した。
そもそも、土曜会が始まったのは、小西さんが部長になってからだった。
前3年生が卒業するに従い、その下の小西さんが次の部長になった。
ある時から、突然土曜の活動を予定に差し込んだのだ。
先に入ったバイトを休むわけにもいかず毎週断りを入れるが、なんだか自分だけ仲間ハズレにされた様な不快な気分になる。

階段を下りホームへ着くと、丁度電車が来た。
週末という事もあって、普段の時間帯よりは各段に混んでいる。
それでも、今なら席に座れる程だが、いつも次の駅でドッと人が入ってきて、全ての席は埋まるのだ。
3つ先の下車駅に着くまでの16分、椅子に腰掛けながら、今日の疲れがドッと出、持て余す倦怠感が全身を駆け巡る。
座席に座れた事に幸運を感じながら慶介は電車に揺られていた。
案の定、次の駅で、乗車客で混み合い出し、席が埋まる。
吊り革に掴まる人が増え、視界も次第に人の影で埋まり出す。
彼らを見ながらどことなく、優越感に浸る自分に、我ながらズルい人間だと感じた。
仕事帰りに立たなくても良いなんてどれ程楽だろう。

電車が走り出すと、視界の片隅に老婆の姿がちらついた。
腰は大きく折れ曲がり、必死に手摺りにしがみつくも、走行の揺れに難儀していた。
足腰が弱っているのだ。
周りがその姿を知ってか知らずか皆、我関せずを決め込み、つり広告などに目を這わせた。
慶介もそれに違わず、目を伏して、知らずを装っていた。


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